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高松高等裁判所 昭和24年(抗)19号 決定 1951年5月18日

抗告人 青木繁吉

主文

原決定を取り消す。

本件を高松地方裁判所に移送する。

理由

本件抗告の要旨は、

抗告人は主文第一、二項と同旨の決定を求め、その理由として述べるところは、

抗告人は昭和二十二年十二月二十六日当時愛媛県警察部長浜名政雄、同経済警察課長桑村勝利、同警察部監察官武智[日充]吉及びその他の関係者を次に述べるような涜職罪被疑者として松山地方検察庁に告発した。すなわち被告発人等は部下の犯罪捜査事務について指揮監督をなすべき職務にありもしくはあつたものであるが、(一)元愛媛県警部補河野義秋が八幡浜警察署経済主任として勤務当時同県西宇和郡三机村村長等七十二名の涜職、窃盗、食糧管理法違反等の被告事件につき捜査中被告発人等はその職権を濫用して右河野に圧迫を加えその捜査事務の遂行を中止するのやむなきに至らしめ以てその行うべき権利の行使を妨害し、(二)右河野は常に民主日本国家建設の熱意に燃えポツタム宣言受諾後の日本国民の一人として又自己当然の職責を自覚して右事件の真相究明に努力していたこととて上司等の右の不当な干渉に不満を禁ずることができず聯合国軍政部当局にその実情を具申するため陳情書を準備していたところ被告発人等は自己等の非行の暴露せられることを恐れ河野に強いてその陳情書の案文を提出させるなどその職権を濫用し同人をして義務のないことを行わせたものである。なお河野は上記のような威圧にたえかねて遂にその職を辞するに至つたものである。しかるにこの告発事実につき捜査の任に当つた松山地方検察庁検察官池川良正は昭和二十三年十月六日その犯罪の嫌疑がないとの理由で被告発人等をすべて不起訴処分に付した。抗告人はそれを不服として同年同月九日附で高松高等検察庁に抗告状を差し出したところ昭和二十四年九月四日同庁検察官西川精開は同年八月二十九日附で抗告棄却の決定をした旨抗告人に通知して来た。しかしながら抗告人はこの処分にも承服できないので刑事訴訟法第二百六十二条第一項により同検察官所属の高松高等検察庁の所在地を管轄する高松地方裁判所に対し本件を裁判所の審判に付することを請求するため同条第二項の規定に従いその請求書を右検察官に差し出した。しかるに右検察官は抗告人の審判請求書を松山地方検察庁に転送し、同地方検察庁はそれを同地方裁判所に送付した。そして松山地方裁判所はそれを受理し昭和二十四年九月十七日附で、抗告人が本件審判の請求を高松地方裁判所に対して申し立てたのは不適当であつて本件については松山地方裁判所が管轄権を有する。そして松山地方検察庁が本件告発事件について不起訴の処分をなしたのは昭和二十三年十月六日であつてその日から起算して本件の審判の請求はすでにその請求権の消滅後になされたことが明白であるという理由によつて抗告人の審判の請求を棄却する旨の決定をなし、その決定の謄本は昭和二十四年九月二十一日送達せられて抗告人はその決定の告知を受けた。

しかしながら本件告発事件について(一)高松高等検察庁検察官西川精開がなした松山地方検察庁検察官の不起訴処分に対する抗告人の抗告を棄却する旨の決定は最初に松山地方検察庁検察官がなした不起訴の処分とは別箇の不起訴処分であつて、かような処分が刑事訴訟法第二百六十二条第一項にいわゆる刑法第百九十三条乃至第百九十六条の罪について告訴又は告発をなした事件について検察官の公訴を提起しない処分に該当しないという理由はなく、当然それに包含せられるべきものである。従つてその処分に対し抗告人は刑事訴訟法第二百六十二条第一項によつてその処分をなした検察官西川精開の所属する高松高等検察庁の所在地を管轄する高松地方裁判所に対し本件告発事件を審判に付することを請求することができるものである。更に(二)抗告人の本件審判の請求は高松地方裁判所に対してなされたものであるから同地方裁判所がその当否を審判する管轄権を有するものであつて抗告人から審判の請求を受けない松山地方裁判所はこれを審理する管轄権を有しないものである。よつて松山地方裁判所のなした原決定を取り消し、本件を適法な管轄権を有する高松地方裁判所に移送する旨の決定を求めるため本件抗告に及んだ

というにある。

よつて考案すると、

本件記録によれば、抗告人が涜職罪被疑者として愛媛県警察部長浜名政雄等を松山地方検察庁に告発したところ同検察庁検察官がその被告発人等すべてを不起訴処分に付したので抗告人はそれを不服として高松高等検察庁に抗告状を差し出したところ同庁検察官西川精開は抗告棄却の検察処分をした。そこで抗告人は右告発事件について刑事訴訟法第二百六十二条第一項の規定によつて裁判所の審判に付することを請求する権利があるとしてその請求書を、右西川検察官所属の高松高等検察庁の所在地を管轄する高松地方裁判所にあてて、右西川検察官に差し出したものであることが明らかである。ところで新刑事訴訟法は旧刑事訴訟法において採用していた検察官の起訴独占主義に対する一つの重大な例外を認めた。それは刑事訴訟法第二百六十二条以下に規定するいわゆる準起訴手続の制度であつてその手続においては、旧刑事訴訟法上公訴は常に検事のみが行いその例外を認められなかつたのに対し、公務員のいわゆる涜職罪(刑法第百九十三条乃至第百九十六条)の告訴告発事件については検察官のなした不起訴処分に対し当該事件の告訴、告発人はその検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に対し事件を裁判所の審判に付することを請求する権利を与えられ、その請求を受けた裁判所が請求を理由がありとして事件を管轄地方裁判所の審判に付する決定をしたときはその事件については公訴の提起があつたものとみなされるのであり、更に進んでその事件の審判においては裁判所はその事件について公訴の維持にあたる弁護士を指定し、その指定を受けた弁護士が事件について公訴を維持するため裁判の確定に至るまで検察官の職務を行うこととされている。すなわちそれは、ある場合には検察官の関与なくして、いや更にその意に反しても事件が起訴、審判されることがあるのを認めるものであつてその手続においては検察官は、公訴権の主体乃至は公訴の維持にあたる原告官としての地位から全面的に排除されることとなつているのである。この制度はいうまでもなく、いわゆる公務員の涜職事件について公訴権の独占に伴う弊害の発生を防止してその公正な運用を期し、ひいては日本国憲法の要請する基本的人権の尊重に奉仕させることをその立法の趣旨、目的とするものであるが、刑事訴訟法の諸規定は右に述べたこの制度の基本的構造から見れば、裁判所に対し審判の請求がなされた事件についてはできうる限り検察官のその事件に対する関与を排斥することによりこの制度の立法の趣旨、目的を実現しようとしているものであるといえよう。果してしからば刑事訴訟法第二百五十八条は、検察官は事件がその所属検察庁の対応する裁判所の管轄に属しないものと思料するときは、書類及び証拠物とともにその事件を管轄裁判所に対応する検察官に送致すべき旨を規定しているが、この規定により検察官が管轄裁判所を自ら判断してその裁判所に対応する検察官に事件を送致できるのは検察官自らが公訴権の主体としての地位にあり、その自らの責任において公訴権を運用する場合のことであつて、さような場合ではないことが前記のところから明らかである、いわゆる準起訴手続においても右規定が検察官に対して、請求権者の申立の如何を問わずに自ら管轄権を有する裁判所を判断しその裁判所に審判の請求書を送付する権限を与えたものと解することは困難である。なお又この準起訴手続において検察官のなした不起訴の処分に対し裁判所の審判に付する請求をなすには、請求書を、不起訴処分をなした検察官に差し出し、その検察官を経由して裁判所に申し立つべき旨を刑事訴訟法第二百六十二条第二項が規定しているのであるが、かように検察官を経由して裁判所に申立をなさしめるこの規定の趣旨は単に事件について検察処分をなした当該検察官をして再度の考案をなす機会を与え、是正すべき処分については自らその措置を講ぜしめて訴訟経済をはかるという目的のため設けられたものにすぎない。それは同法第二百六十四条が検察官は右の請求を理由があるものと認めるときは改めて公訴を提起すべきものと規定し、又刑事訴訟規則第百七十一条が検察官はその請求が理由がないものと認めるときは同条所定の期間内に意見書を添えて請求書を書類及び証拠物とともに刑事訴訟法第二百六十二条所定の裁判所に送付すべき旨規定していることに徴し明らかである。従つて右検察官経由の規定も右に述べたその趣旨、目的の範囲を超えて検察官に対し、請求を受けるべき管轄裁判所がいずれの裁判所であるかを審査し、その自らの判断に従つて自ら管轄権があると考える裁判所に請求書を送付する権限を与えたものと解すべきではないこと勿論のことである。準起訴手続において審判の請求権者が数箇の刑事訴訟法第二百六十二条第一項にいわゆる検察官が公訴を提起しない処分があると考えるとき(例えば本件において松山地方検察庁の検察官がなした不起訴の検察処分と高松高等検察庁の検察官がなした抗告人の抗告棄却の決定という検察処分)そのいずれの検察処分につきいずれの裁判所に対し審判の請求をするかは、刑事訴訟法のこの手続に関する前記の基本的構造からすれば、請求権者自らがその責任において決定しうるし、又決定すべきことがらであるといわねばならない。そして請求権者の主張するある検察処分(本件においては高松高等検察庁の西川検察官がなした抗告人の抗告棄却の決定)が果して刑事訴訟法第二百六十二条第一項にいわゆる公訴を提起しない処分に該当するかどうかはもとより審判の請求につき管轄権を有する地方裁判所の判断すべきことがらである。そこで結局刑事訴訟法第二百六十二条第二項により裁判所に対する審判の請求書を受け取つた検察官としては、いずれの検察処分につきその請求がなされるべきかは勿論のこと、いずれの裁判所がその請求につき管轄権を有すべきかの自らの判断の如何にかゝわらず、請求が理由がないものと考へるときは請求者の申し立てた地方裁判所と同法同条第一項所定の地方裁判所が形式上一致する限り請求者の申し立てた当該地方裁判所にその請求書を送付すべきものであるといわねばならない。しかして本件においてこれをみれば抗告人は高松地方裁判所にあててその請求書を差し出したのであるから、それを受け取つた検察官としては当然それを同地方裁判所に送付すべきものであつた。しかるにこのことなくして抗告人の右請求書を受け取つた前記西川検察官は自ら、抗告人の請求は松山地方裁判所に申し立てらるべきものであるとしてその請求書を同地方検察庁に転送し、同検察庁は同地方裁判所に送付し、同地方裁判所において抗告人主張のような理由によつて抗告人の請求を棄却したのが記録にあらわれた本件の経緯である。ところで抗告人は右西川検察官のなした前記抗告棄却の決定という検察処分が刑事訴訟法第二百六十二条第一項にいわゆる検察官の公訴を提起しない処分に該当すると主張しその処分を不服として本件審判の請求をしたものであることは、その請求書からして十分にこれを認めることができることである。そのて抗告人の主張がその趣旨である以上は、右検察処分がいわゆる公訴を提起しない処分に該当するかどうかは審判の請求を受けた地方裁判所が先ず判断すべきことがらであつて当裁判所としてはここで判断すべきことがらではないからその判断はしないが刑事訴訟法第二百六十二条第一項の規定に徴し抗告人の本件審判の請求について管轄権を有する地方裁判所はその処分をなした西川検察官所属の高松高等検察庁の所在地を管轄する高松地方裁判所であることが明らかであつて、それについて松山地方裁判所は管轄権を有しないものといわねばならない。従つて西川検察官がその権限を超えて送付した抗告人の請求書を松山地方裁判所が受理し、抗告人の主張の趣旨を釈明することなくしてその管轄権を認め、抗告人の請求につき審判をしたのは不法に管轄を認めた違法があるものといわねばならない。

そこで本件抗告はその理由があるので刑事訴訟法第四百二十六条により松山地方裁判所のなした原決定を取消し、同法第三百九十九条の趣旨に則り本件を管轄裁判所である高松地方裁判所に移送することとする。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

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